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文章力の欠落

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文章の書き方を学ぶ機会ってほとんどない。

義務教育課程の「国語」で学ぶのは文章を読解することと、漢字を正しく書くことくらいしか、学ばないのが、実態だろう。

高校になっても受験国語に求められるのは、作者や作中の登場人物の心情を読み取ったり、論旨を読み取ることしか、求められない。小論文試験のある大学を受験する場合には、小論文対策として書き方を学ぶかなーくらいで体系的に文章の書き方を学ぶことってほとんどない。

英語の方がまだ文法を学ぶんじゃなかろうか。

大学まで行くと、小論文、論文書く機会自体はあるけど、学術体系に則ったわかる人にはわかる文章を書けるようになるだけな気がしてる。ぼくは法学部だったけど、やっぱり法学部的な文体で文章を構成することしか、基本はなかった。法解釈上の問題点はこういうことで、解釈上A説、B説あるが、A説を採用するとこういう解釈となり、本件事案はこのような結論が導き出される。

っていう文体。読み手と書き手が共通知をすり合わせて満足してるだけじゃないのかな。

※ まぁ、大学院のときはさすがにそんな感じじゃなくなったけども。

この今まで教わってこなかった文章力とやらが社会に出た途端、重要度が上がる。

誰が読んでもわかりやすい文章が書けないといけなくなる。誰が読んでも伝わるような形で端的に述べよ、となる。無理ゲーである。

で、学のある人(単に学歴ある人って意味)はこれまで文章解釈能力は養われてきてるので、頑張って解釈してくれる。空気読まず、お前なに言ってんのか意味わからん、とはなかなか言ってくれない。文章力のない人の書いたメール、様々な文書を読む時間が増える。読んだだけで仕事した気になる。

こうして無駄な仕事が増える。

written by iHatenaSync